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段ボール作品

こうしたものは、もはや考えて作り出されるものではない。

血肉となったところから、ナチュラルに墨が落とされる感じ。

言うなれば、自分がコンセプト自体。

僕が書けば僕の作品に自然となる。

だから、

次に何を書こうか、なんてことは考えたことはない。

自然に作品が生まれるからだ。

これも言うなれば、生きていることが、既にそのままオートマティスムなのである。

そうした状態を作り出すためには、

年月、そして周囲の理解、周りを巻き込む仕方みたいなものが必要だと思う。

それは、先日の井上有一の言葉にもあるように、仕事なのか、芸術なのか、の区別すらない。

毎日が楽しく、毎日が充実し、毎日が至福の瞬間なのである。

僕は学習塾をやっているが、生徒が頑張る姿が、そのままこうした作品と被るのだ。

だから、一生かけて芸術を志すには、それなりの考えが必要で、

それは今の日本の社会には、そぐわないところもあるかもしれない。

けれども、それは気にしないことだ。

社会全体に対して変顔してやるくらいの、ある意味人を喰ったような姿勢も、そこには必要かもしれない。

人からバカにされるくらいが、一番居心地がいい。僕はね。

段ボール作品

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