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現代アート書道の作り方のコツとは?

書の特長。床の間に飾れる。額にも入れられる。歴史もある。書は単体で立てるアート。ここ大事。引け目を感じてはいけない。

つまり、書は単体で「勝てる」アートと考えてもらってもよい。

例えば僕は井上有一が好き。

それは他の「どの芸術ジャンルにもまして」好きなわけですよ。

だから、「勝ってる」んですよ。ピカソにも、リヒターにも、その時点で「勝ってる」。

で。そこの座席に、つまり、

「井上有一が好きなんだけど、有一以外にオモロイ書の作品てないの?」みたいな。

そうした作品、作家が今まさに望まれていると感じている。

まあ、それは「チャンピオン井上有一」に対しての、挑戦者の立場ですね。

自分?

まー、お前にはムリだと言われても、チャレンジは出来るわけだから、やる以外にない。

で、その自分は今、現代アーティストをやってるけど、書が一番好き。古典も好き。

書は実際に東洋にも、西洋にもいけるアート。井上有一がそれを証明してみせたわけですよ。私もリスペクトしてきました。青春の大部分を、井上有一の作品整理に費やしましたから。

で、今度はそれを次世代の人間が、作らないといけなくなったとする。

当然、井上一人だけでは、そこで「現代アートとしての書」の歴史は潰えてしまうから。

結局それは、アーティスト側に書の本質、さらには芸術の本質を掴めてるか掴めてないかで決まると思う。だからこそ、書家は間違いなく、有一を含む書の古典からも、それから、近代絵画の歴史からも勉強しないといけない。

ただ、現代アートとなると、もちろんそれだけではいけない。(言っとくけど、現代アートは我々のステージだから、勝手にやればそれでオーケーな世界。もちろん、作品に説得性が求められるのは間違いないが)

そうした書の素養であるとか、自分が学んできたことを内側に秘めた上で、それと全く別の、新たな価値の創造をしないといけない。

今年、会場で「ただ新しいだけではダメ」という、我々を揶揄した発言をチラチラと聞いた。仰りたいことはわかる。

しかし、現代アートは「まず新しくなければ価値はない」のだ。「見たことのない作品を作る」ことが、存在意義のほぼ全てだからである。

そうした作品の作り方を、僕は毎週誰かしらに伝えている。それは、書の歴史を一つでも先に進めるために、である。

僕がここまで生きてきて、人から聞いてその通りだと思った現代アートの作り方の「一番のコツ」は

「タブーを冒せ」

ということだ。

それまでその世界でやってきた人間が、本気で激怒するようなものを作れということだ。

一つでも歴史のコマを進めるように、新たな驚きを湛えられるような作品を、制作していかないといけないのだ。

そのために、一番しっくりくるアドバイスだった。

私が「いいな」と思うのではなく、「激怒する」作品を、私も見てみたい。

その時、書の歴史はまた一つ、塗り替えられるだろうから。

現代アート書道の作り方のコツとは?

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