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私の作品制作

面白い作品作りとはどんなものか?そんなことをずっと考えてきた。これはあまり話したことがない、自分だけの秘密みたいなものだが、少し書き出してみたい。

まず、面白い空間を毎回バリエーション豊かに出すには、自分でも考えつかないような偶発的な空間処理が必要となる。すなわち、偶然性というヤツである。

ところが、これをやみくもに行おうとすると、紙をかなり使うことになる。そこで必要なものは、センスである。つまり、どんなものが面白い空間なのか、知っておくことだ。面白い空間のパターンを熟知しておくことが大切なのだ。

私は井上有一の全作品の作品整理の仕事を担っていたから、その隅々までを見てきた。この場合、場面での空間の処理はこうだ、この場合はトリミングだ、など、有一の技法は織り込み済なのだ。

しかし、それをそのまま取り入れた場合、それは書家が師風を受け継ぐのと同様に、よく似たものが生まれてしまうだけになる。だから、これは一旦御破算にする必要があった。私が普通の市販の筆をほとんど使わないのはそのためだ。

私は23歳から34歳まで、筆は一切使っていない。マーカーで書いてきた。この12年間で、有一色を一掃した。筆を棄てた書家と言われているが、実際に棄てたのは有一からの影響だった。本当に独立独歩の作品制作を行うには、誰かの影響がないことが望ましい。

先日の富山での個展で地元新聞の取材を受けた時に話したのだが、こうしたセンスでもって作品を偶発的に作る時に必要なのは、アウトサイダーアート的な技法である。

いわゆる幼児や障がい者の描く絵や文字に含まれた、通常、人が作り出せない領域のものを作り出そうとすることだ。私は彼らからの影響が一番強い。

一人、具体的な作家名を挙げるなら、

ハインリヒ・ライゼンバウアー(Heinrich Reisenbauer)

だ。私の描く図形は、全てモノなのだが、ハインリヒ・ライゼンバウアーもこうした単純な事物を並べているだけ。私は彼に強いシンパシーを感じたのだ。

もちろん、そうしたものを見て、「ハイ!いただき!」とはならない。ただ、感嘆しリスペクトするのみである。

かのバスキアの絵画があれだけの類似した模倣品を生み出したのは、そこに計り知れない魅力があったからなのは間違いないが、影響を受けた以上に意図的に真似ることは、アーティストとしてはいただけない。アーティストは独りで立たないといけない。

そのためには、彼らの技法から、共通した要素を感じ取り、自分の作品に生かすことが大切だ。つまり、自分も彼らと同じく、魅力的な作品を作る側になればいいのである。

その技法の一つをここに紹介すると、幼児や障がい者、ライゼンバウアーやバスキアに顕著なのは、そのギリギリ感である。彼らは、とにかく自分の能力の限界で描いている。だから、線に一切の余裕がない。つまり、ギリギリのところで精一杯に描いている。

もうお判りだろう。その一本の線は、二度と生まれない偶発的なものなのだ。

そうしたものは、自分の限界を超える超えないくらいのところで為されている。

私が他の書家と違うのは、まさにそこで、ギリギリのところで書いているのだ。普通、書家は筆をいかにコントロールするかに自分を鍛錬してきた。井上有一もそうだ。

しかし、思い出して欲しい。井上有一がそうした技法の世界から最後に行き着いたのは、何であったのかを。

そう、「コンテ書」である。彼は最後に筆を棄て、硬筆へと展開したのである。私はそれが何故なのかわかる。それは、常に新しいものを見てみたいという、飽くなき欲求がそうさせたのだ。そうに違いない。腕と接地面に遊びのない、ギリギリの感覚で書かれたコンテ書は、毛筆書にはない独特の感覚を呼び覚ます。それは、アウトサイダーアート的なギリギリ感である。

そうした得体の知れなさは、その作家が身体表現の限界まで挑んだ結果、生まれてくるものなのだ。

古典臨書、いや、お習字からスタートして、硬筆の感覚に慣れ親しんだ12年間、そしてまた硬筆的な表現を大作でも実現させようと新たな筆を発明し、さらに12年間書いてきた。

その果てにあるのが、今の私の書である。全てを超えたいという私の欲求がそうさせた、歩みの結果なのである。

面白い作品を作るには。

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