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ギャラリーNOWのオーナー、富山剛成(とみやまたかみち)さんとの会話

昨日、迎えのクルマの中でのギャラリーNOWのオーナーの富山さんとの会話内容。

書道が現代アートの波に乗れなかった一番の理由は、書道をやっている人たちが外側の世界を見ようとしなかったことと、自分たちのやっていることを外側から見ようとしなかった、井上有一さんがやったことに対して自らを振り返らなかったことだと言われました。つまり、井上有一とも全く違う書道の姿を模索しなかったことにあると。それで、今日まで書道の現代アートへの参入が遅れてしまったのだと。山本さんは、現代アートで「書道」という、いわば最後の空白地帯を埋めようとしている存在なのだとも言われました。

僕は、自分一人でやっていてもダメだと思うと言いました。それでフェイスブックで若い世代に呼びかけているんだと。けれども、大きな問題があって、それは自分たちがその当事者である意識がまだまだ足りないなと。つまり、自分たちが村上隆や会田誠と同じ土俵に立ち、さらには日本画の現在地を標榜する彼ら以上に、日本独自のアートの体現を、書道もまた出来る立場にあるのに、まだまだピンと来てないと。それをしないのは大変勿体無いことだと言いました。

だから、まずは自分がやるしかないと。現代アートの世界に書道がいかに浸透していけるか、というのは自分にこそかかっているのだと今回の富山で改めて気づいたと。

すると、彼は山本さんの背中を見て自分もやってみようとする人間が出てくるといいと。今の山本さんはその目標になりつつあると。

山本さんの作品は、現代アートのオタクである自分から見ても完璧に近い。もし、足りないところがあるとしたら、それは感動だと。それは今後の人生でまた成長した山本さんを見れるのではないかと、それが今の僕の楽しみなんだと言われました。

現地での話を聞いて思ったこと。

僕の作品は、現代アートが好きな人にも好まれている。今回の富山での収穫は、そうした目利きのプロのようなベテランコレクターの方々が会場に入るなり、次々と作品を即買いしていったこと。これはものすごい自信になった。

大変なことだと認識し、再びこの富山に降り立った次第である。書道が現代アートの一つになりつつある、その歴史の貴重な1ページを見せてもらった、しかも、自分の個展会場で、、という認識を今回は得た心境である。

 

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