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アーティストとして制作を続けることとは。

アーティストにはコレクター的な視点が必要だと思っています。

僕は井上有一のコレクターから、このキャリアをスタートさせました。20歳の時でした。そして、何日も何日も、いや、何ヶ月も何年も彼の作品を見続けて、いつのまにか、彼とは違うものを作ってみたくなった。

井上有一は確かに素晴らしいが、井上有一は2人要らない。さらには、一字書自体、井上有一が一生をかけて作り上げたコンセプトだと思い至り、私も一字書に代わる書道の在り方を、つまりは全く新しい書道におけるコンセプトを作ることにチャレンジするようになりました。
その結果が、今の私の作品シリーズです。

「モノにモノの名前を書く」。

単純ですが、これは完全に私だけのオリジナルのコンセプトです。つまり、これをやるだけで私の作品だとわかるし、誰かがもしこれをやれば、山本の真似だとすぐにわかるもの。

よって、後から作品を作るアーティストは、先達の作品を見て作ろうとしますから、だんだん選択肢が狭まってくるという錯覚に陥ります。

しかし、現実にはそうではないのです。私は今現代アート書道レッスンという催しをやっていますが、10人いれば10人が、全く違う性質のものを作ってきます。つまり、悩んでるヒトには馬鹿馬鹿しくなるくらい、オリジナルなコンセプトとはその辺に転がってるものなのです。

しかし、問題はここからだと思います。その唯一無二のコンセプトを、信じ切って続けられるか否か?最終的にはそこにかかっていると思っています。

自分の作品、これでいいのかな?いや、いいわけがない、じゃあどうする?次は?次はどうすればいいのだ!?

という繰り返しになってきます。私は今もそうです。いいのが出来なければ、いいのを次こそは作ろうと思うし、いいのが出来たら出来たで、さて、次はどうやってこれとまた違って面白いものを作ろうか?となる。

気がついてみると、自分が自分の作品の一番のファンになっている。この作家、次はどうなるんだ?みたいな。制作を続けるとは、そういうものだと思っています。

 

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