Skip to content →

書の行方

美術関係の方々とお話しする機会が増えて来て、その度に書が世の中にどんどん紹介されていくような気がしている。

要するに、我々のような現代アーティストであり、かつ、書家であるという在り方は、まだ誰も足を踏み入れたことのない領域に、一歩ずつ、歩いて行っているようなものなのだ。

こないだから、作品やら臨書やらを見てもらったりしているが、自分達がいかに本気で書に取り組んできて、また、色々な疑問や葛藤を通過して、ここまで来たのかが、それらを見たら一目瞭然的にわかってもらえる。

書は、複雑微妙で、伝統的なところにも魅力があるし、それを通過したところにも魅力がある。そうした、奥の深いところがある。そうどこかに書いてあったけど、本当にそうだ。

尽くしても、尽くしきれない。

これも誰の言葉だったか、思い出せないが、棟方志功が版画にしている言葉で、これも本当にそう思う。

だからこそ、我々はずっといつまでもチャレンジャーでいられるし、チャンピオンはいない。

王羲之や顔真卿は絶対的王者ではなかった。ピカソやバスキアも、またそうではないように。

誰かがいれば、誰かがまた新たな何かに気付くだろう。悠久の歴史がそれを受け止めてくれればいいのだ。今生だけが我々のステージではない。

宮津大輔さんが僕に言った言葉が忘れられない。

「山本さん、芸術家は死んでからも戦ってます。いや、むしろそこからが本当の戦いかもしれない。長い戦いです。有一もそこで戦ってます。でもね、山本さん。まずはそこまで行かなきゃいけない。そこに行くまでにも、資格が必要なんですよ」

Published in Statements

Comments

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA